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第7回ロールオーバー・サイエンス&リリジョン――物質の霊化の時代へ

TEXT BY KOHSEN HANDA
第7回ロールオーバー・サイエンス&リリジョン――物質の霊化の時代へ

ヌーソロジーの苦悩

 さぁ、このメルマガ用のテキストもようやく中盤を過ぎて、後半戦に入っていくところぐらいかな。メルマガのスタート時に言ったように、ここで書いている駄文はいかにしてこのアカデメイアのメルマガ「アクアフラット」の読者をヌーソロジー本論の世界の方へと誘引していくか、というネライを持って書いているのだけど、前回はちょっと色気を出し過ぎた感があるね(笑)。半田広宣という人物自体のナリがもともとエンタメ性の強い人間だから、どうしても楽しげな脚色に走ってしまう癖があって、ついついフィクションっぽくなっちゃう。でも、一方で、こうした物語性を帯びてしまうと、今度は逆にOCOT情報がもともと内包しているむっちゃハイパーなイデア世界の強度が落ちてくる、という難点がある。あっちを立てれば、こっちが立たず。嗚呼、不確定性原理のようなアンビバレント性。実は、これがヌーソロジーが昔から抱えている一番の問題点でもあるのよね。ヌーソロジーというより僕自身の問題かも(笑)。

 OCOT情報が伝えてきたイデア世界の在り方ってのは、ほんとうにハイパーリアルでクールなものなのね。その無駄な贅肉が一切ないシャープな思考線というのは、好きな人は好きだけど、決して万人向けとは言えない。おまけにこれはチャネリング情報なわけだから、こうした話を聞いてみたいと思ってくれる人は、前にも話したように、どちらかというとスピ系の人や日頃、神秘的なことや超常的なことに関心を持っている人に限られてくる。でも、その手の人たちは一般的に言って、イデア的な思考や哲学的思考が苦手な人が多い。さてさて、困った。一体どうしたものか。神秘愛好家向けのためのエンタメ性を優先させるべきか、それとも、OCOT情報そのものが秘めている高度な哲学性を学術的に表現する硬派な方法論を取っていくべきか————。ヌースアカデメイアのサイトを見れば分かるよね。なんかチャリングの話が聞けるのかと思って入ったら、ドゥルーズの論文みたいのが載せてあったり、小難しい物理学の数式が出てきたりして、何じゃ、こりゃ?って(笑)。結局のところ、そうやって基本的なスタンスが定まらず長年、ズルズルと来ているものだから、ただでさえ分かりにくいヌーソロジーが余計わかりにくいものとなって人の目には映ってしまう。まぁ、半田広宣なる人物の優柔不断さが表れている、と言えばそれまでなんだけどね(笑)

 しかし、長年ゆらゆらと揺れているせいで、こういうSFとも哲学とも判断のつかない飛行軌道もアリかな、と最近は開き直ってきた。OCOT情報というのはホント想像を絶するような宇宙論だから、まともに直球一本で勝負していっても、人間型ゲシュタルトで固められた良識にはまずはすんなりと受け入れてもらえない。それは長年やってきてもう十分に自覚している(笑)。そこで、既存の宗教なり、神秘主義なり、少しでも多くの人が興味を引くようにデコレートする必要がある。僕が2013年から開催しているヌースレクチャーも、こう言っちゃなんだけど、実はそうした作業の一環と言っていい。ほんとうはヌーソロジー独自の硬質なイデア論だけに絞って講義していけばいいものを、古事記の話をしたり、カタカムナの話をしたり、カバラの話をしたり、ピラミッドの話をしたり、いろいろと皆んなが興味を持ちそうな話しを織り交ぜているでしょ。これはスサノオの神話でいうなら、一種の「お酒」のようなものなんだよね。まずはおいしいお酒で酔わせて人間型ゲシュタルトを気持ちよくさせるわけだ。軽めのビールやワインがあったり、日本酒やウィスキーがあったり、種々のリキュールがあったり。スサノオがヤマタノオロチを退治するときお酒で酔わせるよね。そして、気持ちよくなっているところで、アマノハバキリ(奥行き)を使ってバサッと首を斬る。まさに、それなの。もちろん、古事記にしろ、カタカムナにしろ、カバラにしろ、ヌーソロジーの概念を念頭に置いて話しているので、それらの本質について語っていることは間違いないのだけど、それらと同化することが決して目的じゃない。

 人間型ゲシュタルトってのはホント物質意識で凝り固まっているから、その抑圧に耐えきれない無意識の部分が人間を必要以上に神秘的な幻想へと向かわせる欲動に駆り立てている。これが以前話したルシファー的欲動ってやつなんだけどね。だから、伝統的な宗教やオカルトの知識の中にも人間型ゲシュタルトに対する反動としての副産物がたくさん入り混じっている。反動なんだから、これらもまた人間型ゲシュタルトの範疇だと言える。一見、魂の解放に向かわせてくれそうなんだけど、結局は同じ穴のムジナ。で、この幻想への欲動は人によっていろいろなスタイルを取る。何かの宗教にはまったり、神話世界に没頭したり、オカルティズムを追求したり、あてどなくスピ系ディアスポラになってみたり。それこそ人によっていろいろ。そして、科学が発達してきた現代では、それこそUFOフリークや宇宙人フリークなんてものが登場してきて、話はますますややこしくなる。

 

 たとえば、スピ系と言っていいのかオカルト系と言っていいのかよくわからないんだけど、ときどき宇宙人ものでトンデモない話があったりするでしょ。この手のミクスチャーもので一番有名なやつは何と言ってもゼカリア・シッチンなんだけど、皆、知ってるかなぁ、ゼカリア・シッチンって人 ? 最近、死んじゃったけど、アメリカじゃ、今でもかなり人気がある人物だよ。

 

 シッチンは元々ジャーナリストだったんだけど、シュメール語を少しかじっていたものだから、古代のシュメール文明についての研究を始めるのね。その解釈がものすごくてね、シュメール文明は実は太陽系の最果てにある惑星ニビルからやってきた宇宙人が作ったものだというんだよね。彼らが地球に飛来してきたのが45万年ぐらい前で、当時、地球に生息していた原人たち(ホモ・エレクトス)の遺伝子を操作して今の人間を作り出し、金を採掘させるために奴隷としてこき使ってナンチャラナンチャラとかいった話なんだけど。この惑星ニビルの話、スピ系にもだいぶ広がっているよね。

 こういう説ってどう感じる? 僕なんかはほんとセンス悪いと思うよ。神話的世界の中に現代の科学的宇宙観が強引に割り込んできて、なんとも言いようのないキメラな妄想を作り出している。ルシファーとアーリマンの共同プロデュースの世界と言っていいんじゃなかろうか。シッチンファンの人がいたら申し訳ないんだけど、この手の宇宙人ものはアメリカン・ニューエイジの弊害以外の何物でもない。で、最近のクラリオン星人やゼータ・レチクル星人なんてところまで行くともう論外。って、皆んな、知らないか(笑)

 

 スターウォーズやスタートレックファンの人には申し訳ないんだけど、そろそろ宇宙人などといった概念自体が馬鹿げていると思わなきゃダメなんだよね。古いの。もうアナクロニズム。こうした概念の背景には人間が生物進化のもとに出現してきたという進化論的パラダイムが無条件で重ねられているよね。ヌーソロジーの考え方からすると、物質進化から生物が生まれてくるなんてありえない話なんだよね。でも、科学的世界観を信じる良識人たちは、未だに宇宙人の存在にロマンを掻き立てられている。こういう宇宙イメージがいかにねじ曲がったものかが彼らには分からないんだね。

 科学的世界観が入り混じって歪められてしまうのは何も古代像だけに限らない。科学者たちの中には見えない霊的世界を何とか科学的に立証しようとしている人たちだっているでしょ。例えば死後の世界は存在するかとか、幽霊は存在するかとか。でもね、深く考えていくと分かってくるけど、こういう思考は本末転倒もいいところなんだよね。本当は、見える世界が見えない世界に根拠づけられるべきであって、見えない世界を見える世界によって根拠づけようとするのはナンセンスもいいとこなんだ。このへんはヌーソロジーを学んでいく過程で次第に分かってくると思う。

物質を霊化していくとはどういうことか

 シッチンのところでDNA操作云々の話題が出たから、ここらで、DNAに関するOCOT情報を少しだけ紹介しておくね。OCOT情報がどのくらいぶっ飛んだものなのか、理解してもらうのにちょうどいい内容になっている。シッチンの話が胡散臭く聴こえるのも、OCOTのDNA観を聞いていたからかもしないね。ここで紹介するOCOTの話が真実かどうかはまだはっきりとは分からないのだけど、僕自身、ある程度の解読が進んできて、DNAに対してこんな見方もできるのか!!と、その考え方に驚嘆しているところ。それに比べるとシッチンが語るアヌンナキとやらはレベル低すぎ。だいたいDNA操作して奴隷を作るとか、そりゃ地球人の発想だろって感じ(笑)。結局のところ、そのほとんどが科学的世界観に毒された思考の産物なんだよね。

 ということで、これから、OCOT情報が伝えてきたDNAの真の姿について紹介していくけど、おそらくテキストを読んでも、そのあまりの分からなさに悶絶するだけだろうから、少しでも思考可能になるように、現時点でのヌーソロジーからの解釈も挟みながら進めるね。

・交信記録19950812

コ : DNAの次元はヒトにおける第9番目の次元の方向性と考えてよいですか。つまり、 DNAとはヒトにおける思形の対化と考えてよいのか、ということなのですが。

オ : はい。そうです。ヒトが対化の交差を行うために生み出しているものです。ヒトにおける対化の交差の内面の位置を意味しています。

【大ざっぱな解説】さあ、出足からサッパリ分からない………よね?(笑)ここは、一つ一つの言葉の意味の解説をしておかないとね。

 このメルマガも少し紹介したように、西暦2039年以後、人間は自分自身の魂の構造をすべて意識化することができるようになってくるとOCOT情報は言うんだけど(あくまで予定だけどね)。このときに出現してくる存在がOCOTが「ヒト」と呼んでいるものだと考えるといい。これは、いわゆる、真の主体のようなもの。スピ系だったらハイアーセルフ、宗教的な伝統であれば真我とかアートマンとかいったものに相当するんじゃなかろうか。哲学では「超越論的主体」とかいう言い方もするんだけど、要は僕ら人間の経験的自我を作っている高次の自我のこと。シュタイナーのいう「霊我」だね。で、彼らにも精神構造というものがあるらしく、DNAはそのヒトの精神構造の第9番目の位置にある働きの射影だと言っている。

「ヒトの対化」というのは、ヒト自体が対で存在しているということ。何で対なのかというと、ヒトには自己側から出現してきたものと、他者側から出現してきたもの、この二種類がいるからだね。それらは互いに対峙するようにして別個の次元にいる。ヒトがヒトの力を十分に開花させると、今度は互いが互いを交差する方向へと力を向けるようになってくる。このときに生まれてくるのがここでOCOTが「ヒトの思形」と呼んでいるもので、この交差が起こることによって人間の意識というものが生まれてくるというストーリーになっている。この「ヒトの思形」の領域を図で表すと、おおよそ次のような感じになるかな(これは大系観察子Ω9とΩ* 9 呼ばれる領域を走査していくときのケイブコンパスの動きに対応しています)。OCOTの言っている「ヒトにおける対化の交差の内面」という表現の意図が何となく分かるんじゃなかろうか。

コ : 以前、DNAが持つ二重螺旋の意味をお聞きしたときに「有機体ノウスにおける位置の等換」と言われましたが、それは「変換作用によって生まれた次元と転換作用によって生み出された次元を等化する」という意味なのですか。

オ : はい、そうです。力の変換作用が転換側に等化の方向を持つということ。

【大ざっぱな解説】「力の変換」と「力の転換」とは、さっき言った「ヒトにおける対化」が持つ関係性のことを言っていると思うといいよ。これらはヒトの精神構造の第7番目と8番目に位置している。これもわかりやすく図に表しておこうね。「力の変換」とはさっきの言い方をすれば、人間の無意識が顕在化を起こして真我を作っていくときの力の流れのこと。力の変換を行っていく者たちがヌーソロジーでいう「変換人(トランスフォーマー)」ってやつだね。一方の「力の転換」とは、「力の変換」が自己と他者においては全く逆方向を向いているので、それら両者の関係によって、変換の力の流れ自体が相殺されていく方向性のことを表している。

 つまり、変換が開始されると他者側の変換は自己側にとっては転換作用として見えるということだね。早い話、変換が無化されていく方向のことだと思うといい。変換が相殺されたこうした部分の全体性のことをOCOT情報は「ヒトの付帯質」と呼んでいるんだけど、これは物理的にいうと物質と反物質の衝突のようなもので、そこに残されていくのは、結局のところ「光」ってことなる。この光がここで言っている「有機体」の意味でもあるんだ。これは相殺された精神のことだから、有機体とは「カタチのない精神」という意味を持っている。対話の中に「有機体ノウスによる位置の等換」という言葉があるよね。有機体ノウスというのは有機体を作り出したヌースの意味。あ〜、このへんは今の時点では説明すればするほど訳が分からなくなるだろうからパス。

コ : DNAの二重螺旋構造とは人間の意識の内面と外面を意味しているのですか。

オ : はい、意味としてはそうなりますが、(人間の意識の)内面と外面の反映を起こすものすべてということになります。ソウタイセイ(相対性?)の格差が生み出したものと考えるといいでしょう。

【大ざっぱな解説】人間の意識の内面とは人間の経験的意識のことで、一方、人間の意識の外面とは人間の無意識のことを言っている。それらは大系観察子Ω9とΩ10が作り出しているのだけど、他者側の方はこの構成がまるっきり逆になっているんだよね。OCOTがここで「相対性」と呼んでいるのは、こうしたΩ9〜10がΩ*10〜Ω*9の関係性のことを言っていて、その「格差」とは、この両者の間における捻れが持った差異のことを指している。

コ : DNAの両端に並ぶリン酸PO4、アミン基CH2、糖などの連結の反復は何を意味してるのですか。

オ : 性質が不確実な力をもつために調整が繰り返されているということです。性質の対化と性質の反映のようなものです。

コ : では、その間をつなぐ梯子段に当たるようなものとしての塩基は何を意味しているのでしょうか。

オ : (人間への)覚醒作用を元に戻すところです。

【大ざっぱな解説】「性質が不確実な力を持つ」というのは人間の意識のことそのもののことを言っている。時間意識、延長意識、物質意識のことだと考えていいよ。最近、僕がツイッターなんかでよく表現している言い方でいうなら、幅意識のこと。思形が付帯質側に先手を持たせることによってシステム全体が不安定になってしまうんだね。そこでこの幅意識を無意識側に変換する必要性が出てくる。リン酸は人間にその幅意識を作り出させている原因となっているものだということだね。そして、そこで幅意識をそのものとして働いているものがアミン基としてのCH2、その方向を再び無意識へと変換しているものが糖(リボース)、それを無意識の覚醒の次元につないでいるのが塩基(アデニン・グアニン・チミン・アミン)、っていうストーリーになっている。そこまできて今度は、その覚醒の次元が再び対化の交差の役割を持つリン酸へと結びつく。そうやって、DNAが人間の意識のシステムを反復させているんだ。それが「調整が繰り返されている」という意味。DNAの螺旋構造はこのような反復運動の表れだ言っているわけだね。

コ : 核酸の持つ意味はなんですか。核酸は化学式で表すとPO4、すなわちリン原子一つと酸素原子が4つで作られています。

オ : 核酸は電気的な位置を生み出すものという言い方ができます。

コ : それは言葉と関係がありませんか。

オ : はい、あります。(人間の意識の)内面性がすべて生み出されているところです。性質の位置を正確に相殺するところに存在する負荷です。

 ここでは核酸について、より突っ込んで聞いているんだけど、たぶん、初めてヌーソロジーに触れた人には無茶苦茶、難しい話に聞こえているかもしれないね(笑)。でも、心配いらないよ。現在のヌーソロジーにとってもこのへんの内容はまだまだ未知の領域。とにかく、ここでこんな話をしているのは、OCOT情報がどのくらい凄まじいレベルのものなのかを少しでも伝えたいからなんだよね。あとちょっとで終わるから、もう少し我慢してね。

コ : 糖はリン酸にくっついてDNAの端にくっついている5角形の分子の形態を持っていますが。糖の働きの意味は。

オ : 糖は人間における対化の交差を元に戻す位置です。

コ : 位置の等化と関係がありますね。

オ : はい、潜在化した位置の等化作用を表していると言えるでしょう。

コ : つまり、無意識的自己の位置ということですか。

オ : そうですね。同じものです。

 ようやく終わったね。お疲れさまでした(笑)まぁ、実際の交信記録では、このあとも、4つの塩基であるアデニン、グアニン、シトシン、チミンの具体的な働きや、細胞の中のミトコンドリアとかゴルジ体についての質問など、僕のツッコミが執拗に続いてくのだけど、それらの質問に対しても、OCOT情報はすべて即答。やれ何々の等化だとか、何々の変換作用だという言い方で、淡々と答えを寄越してくるんだよね。これらの情報についての読解というか思索は今でも続いているのだけど、いかんせん、かなり高次で起こっている精神の運動の話なのでまだ具体的なイメージが浮かぶまでには至らない。もし浮かんじゃったら、もう「ヒト」ってことになるんだろうね。

 ここでは、たまたまDNAについての話をしたんだけど、よくよく考えてみると、シリウスファイルってのは僕の質問のせいもあってか、そのほとんどが物質についての情報ばかりで占められている。つまり、僕ら人間に物質として見えている存在の本性は何か、ということが延々と綴られたものになっている。結果的に物質を精神側から見るとどのようなものとして見えているのか————そういった情報のオンパレージになっているんだね。この「精神側から見た風景」というのがとても重要なところで、これが物質を創造していった高次の霊的世界の思考活動、つまり「ヌース」になっているようなんだよね。

・物質の霊化という考え方がなぜ必要なのか

 さてさて、初心者向けのメルマガにもかかわらず、かなり抽象的な話をしてしまったけど、結局のところヌーソロジーというのは、こうした思考を素粒子レベルから地道に行っていく体系になっている。これは、言い換えれば、物質を霊化していく作業と言っていいよね。見るものと見られるものの一致という古来から言われ続けてきた主客一体の世界観というのは、結局のところ、この物質の霊化以外の何ものでもない、というわけ。もう分かると思うけど、これは、今まで僕らが慣れ親しんできた宗教でもなければ、科学でもないよね。そういう範疇には収まらない全く別の何か。しかし、なぜ、こういう超絶的な移行が、この時代になって必要となっているのか————。

 DNAの話が出てきたから、ついでに言っておくとね、去年のSTAP細胞騒ぎなんかもそうなんだけど、僕らの科学は現在、IPSやら遺伝子操作やら、細胞やDNAの世界を外側から好き勝手にいじくりまわして、自分たちの生命さえをも自在に走査できるかのような気分になっているよね。まぁ、こうした生命科学の行き過ぎに関しては、やれ倫理的問題がどうのこうのと言って懸念を示す人たちもいるんだけど、科学史の流れを見てみると、倫理や人道の問題で研究にストップがかけられた試しなんてない。OCOT情報もこうした現在の科学の在り方に対して強い警鐘を鳴らしているんだよね。OCOT情報が科学に対して批判めいて響くのは核技術と遺伝子操作に対してだけなのだけど、どういう言い方をしているかというと、それらは「宇宙を無に帰させている」という言い方をするんだよね。つまり、人間の眼の前に現れた物質界、つまり自然界というのはすべて高次の霊的世界の反映物であって、核技術や遺伝子工学の世界は、その反映物の中に付帯質の力、つまり、人間の物質的意識の力を混入させて、高次の精神的な律動にノイズを入れているというわけだね。高次世界は致し方なくそれを調整していくのだけど、その結果として、自然界には元来存在しない元素や生物の形態などが、それこそ、その調整の反映物としてこの世界の中に物質化して現れてくる。多少のノイズは構わないようなんだけど、科学の発達に伴ってノイズの質がどんどん変化してきていて、このままノイズの混入が続いていけば、人間自身が世界に存在させられている意味(人間の肉体という自然物は最も高次の精神の反映と言っている)がなくなり、人間は精神の力の方向を維持できなくなり、精神が活動している空間との切断を余儀なくされるとまで言ってる。このへん、かなり怖い話なんだけど、そうなったら、人間の意識から世界自体が消えて無くなるらしい。さっき、言ったよね。見える世界というのは実は見えない世界が根拠になっているって。

 伝統的な神秘主義はほぼすべてがこうした考え方を持っているよね。例えば、ゲーテなんかは全自然の中に精神が浸透していると考えていた。シュタイナーもそうだよね。精神を欠いた物質なんてものは存在してないんだよ。自然界の中には。だから、本来、人間は自然を外にあるもののように認識するのではなく、逆に、認識によって事物の奥底に入っているのだと考えなくちゃいけない。これが本来の理解=under-standの意味するところなんだ。事物は対象として理解されるのではなく、自己自身として理解されなくてはいけない。ヌーソロジーはそういう方向の知性を作っていこうとしているわけだね。

 シュタイナーも似たようなことを言ってるから、少し引用しておくね。  「私たちの周囲の外的な対象のすべて、知覚の対象となる外界のすべても、内なる霊的なものの外的な表現にほかならない、ということです。空間上、物質上のどんな外的事物の背後にも、私たちの魂そのものの中に生きているようなものを求めることができるのです。ただ、それはもちろん、外的な感覚の前には現れません。外的な感覚の示すものの背後にあるのですから。物質とは、形態にまで発展し、そして破壊され、粉砕された霊的存在のことなのです。物質とは、霊の瓦礫の山のことです。この定義をしっかりと踏まえることは、非常に重要です。物質は実際に霊なのですが、破壊された霊なのです。」————ルドルフ シュタイナー(内面への旅 より)

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